人を見抜く力

ビジネスの商談や、大小さまざまな選択の判断をする時、そこに関わる方にお会いして、内容を確認し、相手との契約を交すか、もっとより深く関わるか決断するでしょう。

よし、これで進めよう!そう思う時、何を判断の基準にするでしょうか。

先日の出来事です。

知人の紹介で、とあるセミナーに参加してきました。

興味の湧く内容で、既に理解できている部分に関しては再認識を、今まで知識として知らない部分に関しては新しい概念として、知ることができました。

これからの時流を先取りしており、今までこうで、今からこうなる!

それら話の内容は納得のいくものが多く、もう少しその先を学ばせて頂こうかと思いました。

しかし、

セミナー中にも、その後の懇親会でもずっと体に違和感を感じており、ずいぶんヘトヘトになって帰りました。

何が違和感なのかと言いますと、

これからこうなります!と口では言っておきながら、本人が旧体制のまま。

それを体現できていませんでした。

上から目線で、恐怖モチベーションによって不安心をあおったり、つくり笑顔だったり、そしてそれらは、大きなリキみを伴う動作として出ていました。

正しいことを言っていても、それが表向きで、裏には別の想いや行いがある場合、(本人が意図しているかは別)体にはリキみとして負荷がかかり、ぎこちない動作になります。

今回失敗したなぁ。

私がそういう間違いをする時、体感覚や右脳での直感は、そういった違和感はちゃんと感じれているにも関わらず、左脳の理屈で考え、損得勘定をしたり、いらぬ思いを巡らして判断してしまった時です。

その間違った判断で行動すると、今度は自分の体にリキみや違和感を覚え、ぎこちない言動を繰り返してしまいます。

さて、ではどんな時にこの人とはもっと時間を共にして行こう、お金を出す価値がある。と判断したらいいでしょうか。

それは

話をしている人がリラックスして、動作が滑らかである。

多くを語らずとも、腹の底から暖かい穏やかなエネルギーが流れ出ている。

話を聞いている自分もリラックスして受け入れられていることを感じ、自由な思考ができ、居心地が良いと感じる。

「人を見抜く力」 判断のひとつの基準として、

相手のリキみに気付けるか

自分のリキみに気付けるか

先日のセミナーは、今までの失敗も含めて、大きな 気づき が収穫となりました。